はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 310 [ヒナ田舎へ行く]

ダンはそわそわと玄関広間の大時計を眺めやった。

「ヒナたち遅いですね。四時まで、もう一〇分しかないのに」自分たちも時間ぎりぎりに戻って来たのを棚に上げて言う。

南側を巡るのは少し時間が掛かると言っていたけど、ずいぶん遅いような気がする。どうせヒナは北側を巡ったとき同様眠りこけているだろうし、カイルもつられて寝ちゃってるに違いない。となると、ブルーノはルークと二人で仲良くやってたりするのだろうか?僕とは口もきかないくせに。

「じき帰って来るさ。俺はウォーターズの出迎えをするから――」荷物を抱えるスペンサーは玄関脇の小部屋に入った。「ダンは茶の支度を頼む」出てきて言う。

「はい、まかせて下さい。すぐにエヴァンも降りてくると思いますし」

ダンは返事をすると、キッチンへ向かった。誰もいないと思っていたら、ルークが来てからめっきり姿をみせなくなったヒューがいた。

「ただいま戻りました」ダンはうやうやしげに挨拶をした。

「買い物は済んだのかね」あるじ然として訊ねるヒューバートは、茶会の為の準備をしていたようだ。ダンを見て、手にしていた銀のポットをそっと置いた。

「ええ、おかげさまで」

どうにも緊張してしまうのは、ヒューがスペンサーやブルーノと似ているからかもしれないし、何を考えているのか読めないからかもしれない。

「ブルーノは遅いな」

「そうですね。ヒナが面倒を掛けていないといいのですが」

「おそらくギデオンが引き止めているのだろう」

「ギデオン?」初めて聞く名前。しかもヒナは南側をぐるりするだけで、誰かに会うなんて聞いていない。もしかしてブルーノはわざと黙っていたの?

「村長だ」ヒューバートはそう言うと、何が可笑しいのかくすりと笑った。

村長?そんな人がこの近所に?

「南側には小さな集落があって、そこをまとめているのがギデオンだ。ヘクターじいさんの息子で、去年まではシティで働いていた。出戻りだ」

ヘクターじいさんの話はヒナに聞いた。熱いお風呂が好きで、ぽっくりいってしまったご老人。その息子だというギデオンはヒューと同じくらいの歳なのだろう。

「ロンドンでは何をされていたのですか?」都会から田舎へと戻って来るのには、それなりに覚悟が必要だ。僕だったら、親が亡くなったからといっても、きっと戻れないだろう。本当に自分に何もなくなって、自分が育った土地しか自分を受け入れてくれないとしたら、考えなくもないけど。

と、ダンは難しいことを考えていた。

「確か、新聞社で働いていたと思うが、もしかすると街角かどこかで会ったことがあるかもしれないね」

ヒューはそう言うけど、人も物もごった返す都会で偶然とはいえ知り合いに出くわすことはごくまれだ。朝市でお隣さんに出会うことはあっても、のちのちウェストクロウで出会うはずの新聞記者とばったり、なんてありえない。そんなのはヒナが好きな小説の中での話。

「かもしれません」ダンは異議を唱えなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 311 [ヒナ田舎へ行く]

ジャスティンはイラついていた。

というのも、ウェインが出掛けしなにぐずぐずして、ラドフォード館の門をくぐったのが四時を五分も過ぎていたからだ。

一分一秒無駄には出来ないというのに。そろそろ近侍の変え時かもしれないなと、ジャスティンは強く思った。

軽装馬車が玄関前に滑り込むようにして止まったとき、前方からまったく急ぐ様子のない荷馬車がやって来るのが見えた。

「あれ?ピクルスだ」ウェインが声を上げる。何もしていなくても目立ってしようがないブルーノよりも先にピクルスに目がいくとは、さすが馬好き。

「いま戻ったのか」ジャスティンは安堵したように言い、ヒナへの手土産を引っ掴むと馬車から降りた。到着が遅れたが、結果ヒナと鉢合わせできてよかったというわけだ。これでウェインの首はつながった。

「あれー?ヒナの姿が見えませんね」

「ああ、あれに乗っているはずだろう?」ジャスティンは爪先立って、ヒナの姿を探した。カイルの頭は見えているのに、ヒナのもじゃもじゃ頭は見つからない。

のろのろと進むピクルスにじりじりとしながら、ジャスティンは玄関で辛抱強く待った。ここで駆け出しては、自分がどれほどヒナに参っているのか証明するだけで、役立たずのウェインに対しても示しがつかない。

スペンサーが脇でごちゃごちゃ言っていたが――荷物を渡せとかなんとか――すっぱり無視した。

これはヒナへの土産だ。ヒナに渡さなくてどうする?

「あ、ウェインさんただいまー!」訪問客に気付いたカイルが、振り返って手を振る。

ヒナは?と思っていたら、突然ぼさぼさ頭がにょきっと現れた。どうやら座席で眠っていたようだ。

「ただいま~」と手を振り、走る馬車から飛び降りようとする。いくらのろのろ走行でも危険すぎる。

ジャスティンは咄嗟に荷物を放り出し、駆け出していた。ドサッという音が聞こえなかったということは、スペンサーがうまくキャッチしたのだろう。

なかなか俊敏なやつだと感心しながら、ジャスティンはヒナをキャッチする。慌てた様子の見たこともない男が、座席から腰を浮かせた状態でヒナに手を伸ばしていた。ちょうど馬車が完全に停止したところだ。

こいつが、バターフィールドか。

ジャスティンは我知らず威嚇していた。「危ないじゃないか」ヒナをいったん抱き上げて、そっと地面に下ろす。本当はずっとぎゅっと抱いていたいけど、さすがに人目は気になる。特に、ろくに挨拶もすませていない招かれざる客の目の前では。

先制攻撃を仕掛けたのは向こうだった。

「はじめまして。バターフィールドと言います。あなたがウォーターズさんですね」バターフィールドは何もかも知っていますよというふうな顔つきで、おたおたと馬車から降りてきた。

「はじめまして、ウォーターズです」ジャスティンは値踏みするように相手を睨みつけると、カイルに向かってにこりとした。「こんにちは、カイル」

「ウォーターさん、いらっしゃい。ウェインさんも一緒で、僕、嬉しいです!」やや興奮気味のカイルはひらりと荷台から飛び降りると、挨拶もそこそこにウェインの元へ行ってしまった。

あの役立たずのどこがいいのか分からないが、子供の興味の行方は大人に理解できるはずもないのだ。ヒナがこうして甘えてくれるのだって、奇跡みたいなものだと、ジャスティンは目の前の余計者の存在を忘れてヒナに熱視線を送っていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 312 [ヒナ田舎へ行く]

さりげなくジャスティンに抱っこされたまま、居間へ行こうとしていたヒナだが、あえなくスペンサーに阻止された。

スペンサーはヒナの不作法(というか無謀さ)をやんわりと咎めると、ジャスティンとルークを連れて先に行ってしまった。

「おかえりヒナ」と気だるげな様子で階段を降りてくるのは、ひとり留守番だったパーシヴァル。「カイルも」と付け加えて、無駄に微笑する。

それでもカイルはドキッとして、頬を赤らめた。

クロフト卿は笑っても笑わなくても、素敵過ぎる。艶々の唇に釘付けになってしまうのは、女性も子供も男もないってもんだ。

さすが魔性の男、パーシヴァル・クロフト。プラス、ラドフォード。

「パーシー何してたの?」ヒナは前置きもなしに訊ねた。

「ヒナに見習って、愛しのジェームズに手紙を書いていたのさ」パーシヴァルは右手の手紙を振ってみせた。

愛しの、ジェームズ?

お、男のひと!

ヒナに見習ってってことは、ヒナの愛しのひとはウォーターさんってこと!?

うん。まあ、そうだよね。ヒナはウォーターさんが好きなんだもん。僕だってウェインさんが好きだもん。

カイルは驚きつつも納得した。

「午後の便に間に合うだろう?」さあ手紙を受け取ってと、カイルに向かって長い腕を伸ばす。

「いいえ。うちは午前中にしか郵便は来ませんよ」申し訳ないけど、きっぱり。

「なんだって?もうっ。僕の名前で速達にしてもらってよ」パーシヴァルは駄々っ子のように足を踏み鳴らした。確かに貴族の力は侮れないのだけれど……。

「無理を言うものではありません。そう急ぐものではないでしょう?」不意に登場したエヴァンの強気の言葉にカイルは目を見開き、ヒナを見た。エヴァンてすごくない?という視線だ。

ヒナはおおっ!と、エヴァンに尊敬の眼を向けていた。

「急ぐよっ!急ぐに決まっているじゃないか。ねぇ、ヒナ。ヒナはわかるだろう。そういう気持ち」

「わかる!ヒナも急いでウォーターさんとこ行かなきゃっ!」ヒナは言いながら、ぱたぱたと駆けて行った。パーシヴァルの事など後回しだ。

「ヒナの薄情者っ!」

「あ、あの、クロフト卿。明日の朝でよければ、預かりますけど」可哀相になり、手を伸ばす。

「うん?ああ、そうだね。カイル、頼めるかい?」ひらりと差し出した手紙は、おそろしく分厚かった。

愛しのジェームズさんには伝えたい事が盛りだくさんなのだろうと、カイルは使命感を胸に手紙を受け取った。「はい。任せてください」と、歯切れよく言う。

「ほんと、いい子だね。カイルは」パーシヴァルはカイルの頭を、よしよしと愛おしげに撫でる。

「子供をたぶらかすのはおやめください」エヴァンがぴしゃりと言う。

パーシヴァルは唇を尖らせ、エヴァンをひと睨みすると、ヒナのあとを追った。

カイルはやれやれと肩を竦め、手紙を持って書斎に向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 313 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナとパーシヴァル、ジャスティンにルークが居間でお茶会を始めたその頃、ヒューバートの助けもあって無事給仕を終えたダンは、キッチンに戻ったところでブルーノとはち合わせた。

お互いぎくしゃくしているのは百も承知。

それでも挨拶のひとつも交わさないのは礼儀に反する。

「おかえりなさい。ヒナはいい子にしていましたか?」あくまでヒナの従者としてブルーノと口をきくのだと、ダンは自分に言い聞かせた。そもそも無視したのはあっちだ。

「ああ、いい子して寝てたぞ」ブルーノはダンをちらりと見ただけで、すぐに視線を逸らした。

「やっぱり。そんなことじゃないかと思っていたんですよ」ダンは作業台にトレイを置き、切り分けた残りのケーキを小皿に盛った。「一緒に食べませんか?」

つい、そんなことを言ってしまうのは、目の前でそっぽを向かれたから。そっちがその気ならと意気込んでいても胸は痛むみたい。喧嘩なんてするもんじゃない。

「いや、向こうで食べたからいい」

向こう?向こうってどこ?南側の野原かどこか?ヒナがもう少し早く帰ってきてくれてたら、話を聞けたのに。

「そ、そうですか。でも僕はいただいちゃおうかなぁ。ヒナの為にいれた冷めたお茶もあるし……」言っていて、悲しくなった。こっちが歩み寄っても、ブルーノにはその気がないみたい。ずっとこうしてる気なのか、もう僕のことなんか好きじゃないのか。

だとしたら、あまりに理不尽だ。スペンサーはあんなに優しくしてくれるのに……。

「やっぱり、やめときます」本当は僕もおなかはいっぱい。ただブルーノと時間を過ごしたかっただけ。でも、相手が拒絶するんだからどうしようもない。

「どうして?食べたらいいだろう」ブルーノは空のマグをひとつ置き、ケーキの皿をダンの方に押しやった。

まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような言い方に、ダンはカッとなった。

ケーキもお茶もいらないっ!ブルーノのことなんて知るもんか!

「ケーキはスペンサーに持って行ってあげることにします」ほとんど反射的にそう言ったのは、ブルーノがやきもちでも妬いてくれるかと期待したからだ。別にこっちは好きでも何でもないのに、そう思うのはおかしな話ではあるけれど。

「スペンサーはそういうのはあまり好きじゃないぞ」ブルーノが冷めた口調で言う。特にやきもちは妬いていないようだ。

「いいんです!僕が好きなんだから」いっそ、スペンサーを好きになったっていいし!

ダンは小皿を取って、ぷいっとこれ見よがしにそっぽを向くと、決然とした足取りでキッチンを出た。

ああ、むしゃくしゃする!こんなとこ、一秒だって居たくない。

旦那様とヒナと、みんなが揃うお屋敷が恋しい。

早く帰りたいな。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 314 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノは、カッカしながら立ち去ったダンの言葉の意味を、しばし反芻していた。

『いいんです!僕が好きなんだから』

ダンが好きなのは、フルーツケーキかスペンサーか。

話の流れでいけば、ケーキの方か?

いや、待て。

流れからすると、スペンサーの方じゃないのか?

だとしたら、このまま行かせるわけにはいかない。だいたい、なんだって俺たちはこうもギスギスしているんだ?朝からずっと、ダンの顔を見るだけで、イライラとしてしまうのはなぜだ?

とにかく考えている場合じゃない。さっさと追いかけなければ。スペンサーはこれ幸いと、遠慮なしにケーキごとダンをいただくに決まっている。

ブルーノはキッチンを飛び出した。

床板の軋む廊下を走り抜け、狭く暗い階段を駆け上がる。そこから使用人通路を通り抜けると、ちょうど書斎の前の廊下に出る。スペンサーがいったいどこにいるのかは知らないが、二人が合流してしまえば、事態は更にややこしくなる。

通路の中ほどにダンを見つけた。とぼとぼと重い足取りなのは、さきほどの言い合いを後悔しているからか、それともたんに、薄暗いから慎重に歩いているだけなのか。

なんにせよ、間に合った。

「ダン!」ブルーノはスペンサーに聞きつけられる危険を冒し声を張り上げた。

ダンはぎょっとしたように振り返り、一瞬だが逃げ出しそうに見えた。

だが、足を止めていなかったブルーノは、ダンが詰めた息を吐き出す前に追いついて肩を掴んでいた。

逃げようとしただろと問い詰めたい気持ちを抑え、慎重に言葉を選んだ。「ダン、話をしよう。ちゃんと」

「は、話なんてありませんよ」

頑なに顔を背けられれば、こちらもイライラがぶり返してくる。悪循環にはまっているからこそ、とにかく二人とも冷静になって話をしなければならない。こちらは歩み寄っている。あとはダン次第だ。

「もうやめよう」喧嘩の理由はさっぱりわからないが、これ以上は耐えられない。

「やめるって、何をですか?」ダンはいまにも噛みつきそうな勢いで、肩に置かれたブルーノの手を振り払った。

特に力を入れていたわけではなかったので、あっさりと払い退けられてしまったのだが、運悪くその手はダンの手首の辺りをかすめ、四角く切り分けられたケーキが皿から転がり落ちた。

ダンがあっと声を上げたが、ブルーノは気にすることなく続けた。

「こうやって言い合うのはやめようと言っている」

「無視するよりかはましです」とげとげしい物言い。

「喧嘩はよそう」やんわり説き伏せるように言う。

「そっちが始めたんですよ!」ダンは馬鹿にされているとでも思ったのか、珍しく声を荒げた。

なんて聞き分けのないガキだ!

ダンを壁に押しつけ、手っ取り早く口を塞ぐ。

「くそっ!」悪態を吐くか、キスをするかどちらかにするべきだった。こうなってしまっては、もう止めようがない。無論、止める気もなかった。ずっとこうしたいと思っていたのだから当然だ。

ダンは驚きのあまり身を硬くしていたが、そのうち全身の力が抜けたように皿を手から離した。ブルーノの足の上に落ちたが、かまわずキスを続けた。髪を掻き乱すようにして片手で頭を掴むと、唇をこじ開けて、舌を滑り込ませた。

ダンはびくりとして舌を引っ込めたが、もはやブルーノに噛みつくしか逃げ道はなかった。

「いますぐ、彼から離れなさい」

静かな命令は、暴走するブルーノを止めるには十分すぎるほど、冷ややかで有無を言わせぬものだった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 315 [ヒナ田舎へ行く]

「ハァ、ハァ、ハァ……」

ああ、なんてことしちゃったんだ。

部屋に逃げ帰ったダンは、ドアを閉めるなりその場にへたり込んだ。

ブルーノと、キス、しちゃった。というか、されちゃったわけだけど。

初めてのキスはもっと違うものを想像していた。なんていうか、もっとロマンチックで優しい気持ちになれるような、ふんわりとしたイメージ?喧嘩のついでにしちゃうものではないはず。もちろん相手にブルーノを想像していたわけでも、男の人を想像していたわけでもないけど。

不思議なことに、ブルーノはりんごの味がした。てっきりコーヒーみたいに苦いと思っていたのに、甘くておいしかった。

ダンは指先で下唇をそっとなぞった。

思い出せば恥ずかしくて顔を覆いたくなる。ブルーノのキスは、旦那様がヒナにするものと似ているような気がした。半日ヒナに会えなかったときの旦那様みたいに荒っぽくて情熱的で――

ということは、ブルーノは本気で僕が好き?あからさまに欲望を感じている?この僕に?

「いやいや、そんな馬鹿な」ダンは首を振って愚かな考えを否定した。

でも、もしそうだったら?

キスはいいとしても(よくないけど)、それ以上は無理。そもそも、僕はブルーノをそういう意味で好きなわけではないのだ。喧嘩は不本意だったし、仲直りはしたいと思っていた。でも、その方法としてキスはしない。

まぁ、僕はびっくりしすぎて何も出来なかったわけだけど。

「がっかりしたかな……」ふと、そんな言葉が口をついて出た。

ブルーノががっかりしようが関係ないはずなのに、キスのひとつも知らない自分が情けなくて恥ずかしくさえ思った。かといって、こればっかりは相手がいないとどうに出来るものでもないのだ。

役者を目指していた頃、鏡や枕相手にキスの練習をした事を思い出す。今考えれば、あの練習はまったく役に立たなかったってことだ。

「この、腰抜け」

本当に腰が抜けているのだから笑うしかない。

ダンは投げやりに失笑しながら、あの場に残してきたブルーノの事を思った。

上手く言い訳してくれたかな?してくれなきゃ困るんだけど。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 316 [ヒナ田舎へ行く]

「随分、節操のないことをするんだな」

ダンが逃げ去って、床に転がる皿とケーキを拾い上げたエヴァンがゆるりと言う。相変わらずの無表情だが、声にトゲがあるのは聞き逃しようがない。

ブルーノは返す言葉が見つからず、黙したまま、もはや捨てるしかなくなったケーキを受け取った。

「ダンはまだ子供ですよ」エヴァンは皿の端を掴んだままだ。

同時にブルーノの事も子供だと思っているのだろう。誰に見咎められるかもわからない場所で節操なしに襲い掛かっていたのだから。

エヴァンの登場に、ダンは声も発しないまま、来た道を戻るようにして逃げて行った。おそらくなにが起こったのか理解するのは部屋に戻ってからだろう。まさか、喧嘩している相手が自分を黙らせようと口を塞ぐとは思わなかっただろうから。しかも口で。

「あれ以上どうこうしようと思っていたわけじゃない」ただ、ダンがこちらの話に耳を傾けてくれさえすればそれでよかった。

「どうこうされても困るのですが」エヴァンは皿から手を離したものの、まだ去る気はないようだ。

「ダンに気持ちは伝えている。そのうえで、ダンが俺を嫌いになるなら、それはそれで仕方がないが、お前にとやかく言われる筋合いはない」

いや、とやかく言う権利はあるのだ。ブルーノの推測が当たっていれば、二人は同じ主人の元、同じ屋敷で働いているのだから。

「まったく。あなたたち兄弟ときたら――」やれやれと首を振り、エヴァンは踵を返した。

あなたたち兄弟?

「おい、ちょっと待て」ブルーノは咄嗟にエヴァンの腕を掴んだ。相手が年上で貴族に仕えていることを思えば、かなり不躾な態度だっただろう。

けれどもエヴァンは気にするふうでもなく振り返ると、「なんでしょう」と不思議そうに訊ねた。

「あなたたち兄弟って言うのは、スペンサーと俺か?」

「ええ、そうですが」エヴァンはブルーノの手をさりげなく振り解いた。

「あいつもなにか……」したのか?

「知りたければ本人に訊いてみることですが、たいしたことではありません。けれど、どちらとも、ダンの気持ちなどお構いなしなのでしょうね。彼をもてあそぶ気なら、わたしもヒナも黙ってはいませんよ」

そう言って去って行くエヴァンが、うっすら笑っていたように見えたのは気のせいだろうか?

ヒナに言い付けるのがそんなに楽しみか?

そんなことしなくても、あのヒナの事だ。ダンの様子を見てすぐに気付くだろう。

ブルーノは崩れたケーキを手に、キッチンに引き返した。一緒に食べようと誘われた時に応じておけば、こんなことにはならなかった。

やれやれ。言い訳をたっぷり用意しとかなきゃならんだろうな。

それよりも問題なのは、スペンサーだ。

ダンに何かしたのは間違いないが、いつ、何をしたのかが重要だ。エヴァンが何か知っているという事は、町へ出掛けた時に何かあったのだろう。まさか、告白でもしたか?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 317 [ヒナ田舎へ行く]

「はぁぁぁぁぁ……」

部屋に戻ってから、何度目かの長い溜息。

ダンは、まだブルーノの事を考えていた。

正確には、ブルーノにされたキスについてだが、考えれば考えるほど自分のダメさ加減に情けなさが募る。

いきなりとはいえ、ブルーノを突き飛ばすことも、かといってキスに応じることもできなかった。もちろん応じるなんてもってのほかだけど、キスも知らない子供だと思われたなら、心外だ。と言いたいところだけど、まったくもってその通りなのだからどうしようもない。

「あとでヒナに相談してみようか」そう呟くように言って、ぞっとした。

いくらせっぱ詰まったってヒナにだけは言ってはいけないような気がする。きっと、きゃっきゃはしゃいで、あれこれ口を出してくるに決まっている。そして口を出すだけ出したら、あちこち引っ掻き回して満足して終わりだ。

けれども他に相談できる相手がいない。ウェインは論外。クロフト卿には相談できる身分ではない。となると、さっきのキスを目撃したエヴァンしかいないのだけれど……。

エヴァンはこの手のことには僕よりも詳しいはず。あの顔に傷が付く前、紳士と付き合っていたんだから。だからといって、余所のお屋敷で、しかも従者の分際で、あんな場所でキスしていたことに理解を示すとは思えない。きちんと自分の言い分を伝えなければ、旦那様に告げ口されて、クビになる可能性だってある。

とにかく、部屋に行ってみるか。いまは空き時間だし、キャンディショップで買った、珍しいキャンディを差し入れれば、少しくらい聞く耳を持ってくれるはず。

ブルーノにと思ったけど、いまだ喧嘩は継続中だし、何より当分は会いたくない。

あーあ。会いたくないのに、そろそろ夕食の支度に降りていかないといけないって、なんだかやるせない。

はぁっと溜息を吐けば、またブルーノの味を思い出す。

結局のところ、そんなに嫌なものでもなかったのだと思う。実際、無抵抗で少しばかりとろけちゃってたんだから。

だからこそ、ことは複雑を極めるってものだ。

とにかくエヴァンに相談しに行こう。

ダンは鏡の前でおかしなところがないか確認すると、数部屋隣りのエヴァンの部屋に向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 318 [ヒナ田舎へ行く]

「そろそろ来ると思っていましたよ。どうぞ」

気まずそうに戸口に佇むダンを、エヴァンは神妙な顔つきで迎え入れた。

本当はいまにも笑い出しそうなのはダンには内緒だ。

さて、いったい何を言うつもりなのか……。

「あの、さっきのことなんですけど……」ダンは顔を赤くしてうつむき、言葉を切った。事が事だけに、その先に続く言葉の選び方に慎重になっているのだろう。

「とにかく、座って」エヴァンはベッドサイドの書き物机の椅子を引き寄せ、ダンに座るように促した。自分はベッドの端に腰掛け、出来るだけ相手が話しやすいような雰囲気を作った。ダンが萎縮して口を閉ざしてしまっては、こちらも対処のしようがない。嫌がっているなら退けるし、そうでないなら、ヒナへの影響も考えなければならない。

「ヒナには言わないでもらえますか?」

唐突にそんなことを言う。

「言うわけない」エヴァンは腹を立て、強い口調で言い返した。まさか、告げ口するような人間だと思われていたとは。ヒナがこのことを知るのは、ダンかブルーノの口から事実を告げられたときだけだ。

「そうですよね……すみません。わかっています。ただ、僕もよくわからなくて」

わかっているのに、わからない?「自分の気持ちが、ということか?」

ダンはこくっと頷いた。

「初めてなんです……こういうの。ブルーノがからかっているとは思えないけど、本気だとも思えなくて」

これは――まさか、普通に恋愛相談をされているのか?

エヴァンは予想外の展開にうろたえた。

「君はブルーノのことが好きなのか?」あまりにしっくりこなくて、確認せずにはいられない。ブルーノは本気のようだが、どう見ても二人は釣り合わない。ダンはあまりに子供で、ヒナの従者という役目のおかげで一人前に見えるだけだ。

「いいえ!というか、普通に好きですけど、そういう好きではないと……思います」

「だったらはっきりしているのでは?好きでもない相手と戯れるなんて、君はそういう子なのか?」

「違いますっ!キスだってしたことなかったのに、戯れだなんて!」

ああ、初めてと言ったのはキスのことか。残念ながらダンが知らないだけで初めてではないが。

「いったい何を悩んでいるんだ?」わからないと言った気持ちは、はっきりしているように思えるが。

「だから……好きでもない人にキスされて、それが全然イヤではなかった場合、それってどういうことなのかなぁと。ヒナが旦那様とキスするのが好きなのは、もちろん旦那様が好きなわけで――ああっ!何言ってんだ、僕は」ダンは頭を掻きむしった。乱れた髪がらしくなくて、なんとなく微笑ましい。

「それは少なからず、ブルーノに好意を寄せているという事ではないのか」エヴァンは指摘した。

「え?そ、そうなんですか?」まるで他人事のような言い草だ。

「では、スペンサーの事はどう思う?」この質問は、たんにエヴァンの好奇心を満たすだけのものだった。

「スペンサーですか?どうして急に……ええ、好きですけど。そういうのじゃありませんよ」そう言って、屈託なく笑う。

「ブルーノとどっちが好きだ?」

予想外の質問だったのか、ダンはきょとんとして小首を傾げた。

「え、ええっと、どっちとかそういう問題では……」

つまり、どちらにも同じ程度の好意を持っているという事だ。キスを許せるくらいの。

これは由々しきことなのか、しばしの退屈しのぎとして楽しむべきなのか、いっそヒナに相談してみるのもひとつの手かもしれない。

むしろヒナはすべてを知っているのかもしれない。

ヒナはそういう子だ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 319 [ヒナ田舎へ行く]

これまでエヴァンとは接点もなく、お屋敷の中で顔を合わせても特に口をきくこともなかった。ヒナは彼を気に入ってエヴィと呼ぶし、ウェインも年齢や立場など気にせず持ち前の図々しさで遠慮なく話し掛けたりするけど、ダンにとっては、色々な意味で経験豊富なエヴァンは違う世界の人のように見えていた。

なのに、赤裸々に恋愛相談をしてしまったのは、意外にもエヴァンが親身になって話を聞いてくれたから。キスの場面を目撃したにもかかわらず、僕を変な目で見なかった。もちろん、見慣れているせいもあるだろうけど。

「へぇ、七人兄弟の末っ子ね……」そう言って、エヴァンはどうりでねというような顔をした。

「そうなんです。姉ばかり六人も」

家族の話をしたのなんて初めて。特に秘密と言うわけではないけど、旦那様やヒナにだって言った事ないのに、どうしてエヴァンにはすらすら話せちゃうんだろう。

「それは大変そうだな」エヴァンはぞっとした声を漏らした。

「大変ってもんじゃないですよ。だからか、女性はどうも苦手で……やっ!だからって、男性が好きとか、違いますからねっ」ダンは誤解されそうなのに気づき、慌てて両手を顔の前で振った。

「では、ブルーノの事は、たんにキスが上手かっただけということか?」

結局話はそこに戻るわけで……。

「キスが上手ければ誰でもいいみたいに聞こえるじゃないですか」確かに、一瞬ブルーノの事が好きなのかもしれないと勘違いしそうにはなった。けど、キスが良かったからといって、いちいち相手を好きになっていたら、役者なんて務まらない。まぁ、今の僕は従者なわけだけど。

「では、試しにわたしとしてみるか?」エヴァンが真顔で言う。顔の傷のせいで本気なのが冗談なのか、ちょっとしただけでは判断がつかない。

「冗談……」じゃないと思う。エヴァンとなんて想像もつかないし、されたとしても力の限り拒絶する。

「ブルーノとは出来てわたしとは出来ない、と?」

エヴァンがじわりと腰を浮かせたように見えたのは気のせいだろうか?

「そういうことではなくて、とにかく誰とも出来ません!」ダンは椅子の上でじりりと後ずさった。

「出来ないかどうか、試してみればいい」エヴァンはそう言うと、素早い動きで立ち上がり、ダンの座る椅子の背を両手でしっかりと掴んでいた。

その間に挟まれるダンがハッと息を呑んだ時、エヴァンの唇はほんの数センチのところまで迫っていた。

つづく


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